R122 10k 新春初のセントラルパーク(永遠に消えない)

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新年明けましておめでとうございます。

氷点下4度の午前中、新春初のセントラルパークを10キロ走りました。走っていると、汗を拭き、息を切らし、地面を蹴る「自分」は、どこまでも続いていくような実感として強くあります。でもその実感とは関係なく、それはとても不確実な未来予想にすぎないことも知っています。世の中では天災や事故や事件が、自分が想像出来る最悪なことをはるかに超える最悪差で起こっています。「ひどいニュース」はいつもパワーアップして最悪差を更新し続けます。もちろんそれは自分が生まれてからの経験であって、歴史を見ればそれでも現代はよりよい世の中になってはいるのだとも思います。

コネチカットの銃撃事件の犠牲になった子供達は、突然未来へと続くはずの命を奪われました。交通事故や災害でも沢山の命が突然止められてしまっています。子供の頃はじめて人が死んで亡くなると知ったとき、とてつもない恐怖と悲しみに襲われて、布団をかぶり眠れずにいたことを憶えています。「いつかみんな無くなってしまう。」怖すぎます。虚しすぎます。少しだけ世の中と距離を置いてなるべく冷静に事態に対応出来るよう備えているのがよさそう。

大人になって今では少し違うアイディアを持っています。それは自分は次の瞬間に終わってしまうかも知れないけど、この世界はその後も続くし、今自分が存在している事実は、たとえそれを観測する人がいなくなったとしても無くならないというアイディアです。たとえ45億年後に地球が無くなってもそれは消えないのです。だってそう、あなたは確かにそこにいるでしょ。ね? そう考えると家族との時間も、他人との出会いも消えてしまうものは何一つ無いのです。大切な家族を失っても同じように考えられるかは分からないし、ご遺族に向かってそんな説法を解くつもりもないけど、とりあえず自分もいつかは消えてしまうという恐怖と虚しさは無くなります。

それに世界を終わりにしてやろうなんて考えるテロ行為や銃撃犯とは断固戦うし、世界を少しでも良くしたいし、災害や病にも最大限抵抗します。

これまでを振り返ると帳消しにしたいようないやな経験も少なからずあるし、未熟だったと反省することも多くありますが、これから永遠に消えることの無い残りの時間を、大切な家族と共に、感謝しつつ精一杯使わせていただきます。

「明けましておめでとうございます。 」生きているということは明けるの連続。その連続をこれからも沢山の人と喜びあえたらと心から願います。

というわけで今年も走ります!

今日のiTunes Best は Condorkanki で Yungueñita 。サンポーニャは笛なのにパーカッションのように弾け縦笛ケーナは軽やかに、その音色は力強く雄大でそして演歌。アンデスの山々を駆けているよう。

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